入院から手術まで

11時に入院手続きを済まし、事務員さんに3階西病棟へ案内されてからは、病棟の看護師に部屋まで案内され、一通り説明をしてくれた。その後は昼食を病室でとり下剤を飲んで、院内の口腔外科で歯石の除去を済ませてまた病室へ。昼食後から食べ物禁止、夜には下剤を飲んで翌朝の8時から水分補給も禁止。胃腸は空にして手術!のはずが、なかなか下剤が効かず朝が来て…9時過ぎて点滴を始めてから大の方でトイレに駆け込んでいるありさま。そんなうちに12時になり、私の残り便は大丈夫??なんて思いながら手術室へ。たくさんの手術室があり次を右次は左次は右の左側の奥から2番目の部屋へと案内されると、すで数人のスタッフさんがいて手術台へ案内され、寝かされてからはまな板の鯉状態…あれよあれよと、酸素マスクをつけて点滴と一緒に麻酔を入れましたので10秒位で…5秒くらいでおちたのでは…

手術が無事終わり、麻酔が切れたとき、術後お母さんに電話しました。よく頑張りましたと伝えてくれとおしゃっていましたよ。と担当医師が言ってくれたことは覚えているけどそれ以外の事はあまり覚えてない。先生が手術の話しをしに来てくれたらしいけど、爆睡中だったらしい。手術後から朝までほとんど眠って過ごした。

入院

子供は短期入所の荷物、私は入院の荷物を持って一緒に家を出た。

子供はタブレットにポケットwifi✨に本を数冊、私は本を数冊。(さすがにwifi2台は契約できず)私はレンタルにしたため下着や退院事の服くらいですが、子供はなるべく楽しく過ごせるようにとできる限りの準備はしたつもり。

重たい荷物を自分で持って行った時にはぐっときた。成長を感じてとても嬉しかった。きっと2〜3泊くらいと軽く考えているとは思うけど、それでも母の入院のために、自分で行くと決めてくれたことに感謝。退院したら少しゆっくり休もうとにんじんをぶら下げたけど、しっかり誉めてあげようと思う。ずいぶん、たくましくなりました。母も頑張るね!

入院までにたくさんの方に支援や励ましをいただいて、本当に有難い。

 

 

口腔ケア

今日は手術前の口腔チェックをしに行きました。

全身麻酔をすると呼吸が弱くなるので気管に酸素チューブを入れるそうです。その際、チューブに細菌が付いてその細菌が呼吸器で炎症を起こさないよう口腔ケアが必要らしいです。

今日はチェックだけで手術の前日に歯石の除去をすることになりました。 

 

家事に育児に仕事、そしてコロナ禍で自分のことは後回し。やっぱり無理は禁物です。

 

 

6月3日の通院

 2日の晩の悶絶痛や翌日になっても治らない痛みから通院せざるを得ないと、仕事を休んで市民病院の婦人科に行った。嘔吐があったので胃腸科に行こうかとも考えたけど、下腹だけが痛く、排出物に異常がなかったので、婦人科へ。

 久しぶりだったので初診扱い、予約枠外での受付、待ちに待って3時間半!痛みがあって来てるの知ってて3時間半も放置って!受付に聞いても「お待たせして申し訳ありません。」ってだけ。先生に問い合わせもしてくれない。なんて不親切。

 やっと診察室に呼ばれて昨日の痛みについて話す。(あー長かった)

先生「胃腸科じゃなくて婦人科に来た理由は?」

私「下腹部が痛いのと、排泄物に異常がなかったので…」(散々待たせてその言葉?はぁ?!)

先生「内診したら分かるか…じゃ、隣の部屋へ。」

私「はい。」(かなり上から目線!)

先生「はい、これどう、痛い?こっちは?じゃあ、ここは?」

私「はい、痛い、痛い、痛いです。」

先生「ごめん、こんなに痛いんだったら、もっと早く呼んであげるべきだったね。」

私「ああ…まあ、痛いからここに来てるんですけどね。」

先生「本当にごめんなさい。昨日の痛みの原因ですが卵巣捻転だと思う、今すぐ捻れを治す手術をするから入院して下さい。」

私「え、今ですか?それは無理です。」

先生「何で?捻れを治さないと痛みはまだ続くよ。」

私「今日は帰らないと。重度の障がいのある子がいて、母子家庭な上、近くに身内がいないので、今日は何が何でも帰らなくては。」

先生「帰れるの?」

私「たぶん。いや、帰ります。3時間以上待合室で待てたし、歩けるので。」

先生「本当にごめん。帰れたとしてもまた痛みが来たら耐えられるの?」

私「耐えられるか分かりませんが、今日は帰ります。這ってでも。何がなんでも。」

先生「じゃあ、緊急で運ばれて来た時のために備えて手術前の検査して帰りますか?」

私「はい」(これだけ待って検査もしないで帰ってたまるか。)

それから、尿検査(2回目)、レントゲン、心電図、血液検査、造影剤を使ったMRIを終え、結果が出て診察室に再度呼ばれたのは17時頃。(10時から来てたよね…)

先生「今は捻れてないか、少し捻れが緩くなっているからか、痛みはまだ我慢できる程度になっていると思う。ただ、癌のような形が見える。サイズは小さいし初期だね。これは卵巣、卵管取らないとならないね。」

私「はあ、そうですか…えーと、まあ、捻れたり癌らしき物がある卵巣を置いておく理由はないですね…でも子供の預け先を決めないと。」

先生「手術日を決めないと預ける予定どうたてるの?」

私「はい、そうですね、そうですよね。決めましょう。」(疲労と痛みと検査結果に混乱中)

先生「じゃあ、来週?」

私「来週!?さすがに無理です。来週は。」

先生「じゃあ、その次の週?!」

私「うーん…じゃあ、とりあえず、その週の、えーと。どうしようかな…」

先生「私の手術日はこことここ。で、どこ?」

私「じゃあ、ここで。ここでお願いします。」

先生「はい、分かりました。今後の手術までの予定の詳細は待合室で看護師さんから説明してもらいますね。」

 左卵巣捻転がきっかけで、卵巣腫瘍が見つかり(良性の場合もあるが)、摘出手術が決まり、手術後の私の人生がどう変わってしまうのか。今後の私の人生の記録用ブログ、存在所の発端理由です。

 年に一回は子宮頸がん検査に婦人科に行っていましたが、コロナ禍では婦人科への通院を控え1年半以上行けずにいました。年に1度の健康診断や婦人科の検査などは受けておくべきです。

 

 

悶絶

2021年6月2日(水)21時頃

子供のお風呂介助を終え、ソファーでテレビを見ていたら、急に下腹が痛みだしてから3分位で内臓が絞られたような激痛に変わり、ソファーの上でうずくまってしまった。

激痛はさらに続き、滝のように冷や汗が上半身から流れ出した。「え?私、今やばい状態だよね?!どうしよう…やばい…」そして痛みは上へと広がり急に吐き気が…「やばい、吐きそう…いや、ここではまずい…」立ち上がる事は無理だったので這ってトイレにいき、無事済ませる事が出来た。

10分くらいトイレで過ごすと少し痛みも引いて来たので自分の部屋まで這いながら戻り、布団で横になったら少し楽になり始め、立ち上がり歩けるようになるまで1時間位はかかったと思う。

その後は残っていた家事をする体力が無く、子供に寝るように促し、自分もそのまま横になって様子を見ていた。痛みはあるものの我慢できるくらいだったので、ひとまずほっとした。

何か食べた物があたってしまったのか…なんて見当違いもいいところ、一瞬で「悶絶する痛み」へと。出産時の痛みとまた別で痛かった。

私の存在所。

「私が私自身の存在を確認したい」

そんな思いに駆られ、ブログデビューしました。

 

アラフォーの私、障がい特性を持つ子供の親としての私、職場での私、いくつもの私がいて私自身を私が見失ないそうで…

「カテゴライズされたくない!」と思っているのに、自分で自分のカテゴライズを作り使い分けている私…

 

このブログを通して私を司る核となる部分を出していけたら…いや出していく!

 

読んでくれる方を意識してしまうと、ブロガーとしての私が生まれ「ブロガーとは〇〇」といった固定観念にとらわれてしまう恐れがあるので、自分のために書こうと思います。 

 

読んでくれる人なんて居ないのに↑要らない心配をしている自分…

 

まさしく、これが私。